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元禄小判の買取相場と見分け方、高く売れるおすすめ買取業者とは?

元禄小判買取におけるおすすめの買取業者を紹介します。
元禄小判買取におけるおすすめの買取業者を紹介します。

元禄小判の各種額面の買取相場と概要一覧

このページでは次のような流れで元禄小判の買取情報を中心について紹介します。

  • 元禄小判の買取相場や見分け方の一覧
  • 元禄小判を高く売れるおすすめ買取業者について
  • 元禄小判の歴史などの詳細情報
  • 元禄小判の正確な買取価格を知る方法

元禄小判は複数の種類に分けられますので、それぞれの見分け方と買取相場も紹介します。

また、他の種類の小判については次のページで一覧で紹介しています。

元禄小判の基本情報と買取相場をご紹介

元禄小判
鋳造期間:1695年~1710年(元禄8年~宝永7年の15年間)
鋳造量(発行枚数):13936220両
素材:金56.41%、銀43.19%
元禄小判は裏面に”元”の極印が押されていることが特徴で、この文字の違いで「長元」「短元」に分けることが出来ます。どれも現存数が少ないため希少価値が高く、100万円以上の買取価格が付く可能性も十分あります。元禄小判は種類によっても価値が異なりますので、下記の買取相場リストを参照してください。

元禄小判「長元」の買取相場と概要

元禄小判「長元」
買取相場
30万円~200万円

特徴:元禄小判裏面の”元”の打印の最後の跳ねが長いものを「長元」と呼びます。どうして長元・短元が存在するのかは、製造地の違いという説や小判師の違いによるという説もありますが、現在もはっきりしていません。
長元の元禄小判の買取相場は高額で、状態が良いものであれば120万円~200万円前後の買取価格も期待できます。

元禄小判「短元」の買取相場と概要

元禄小判「短元」
買取相場
50万円~250万円

特徴:元禄小判の「短元」は、裏面の”元”極印の最後の跳ねが短いものを指します。短元の元禄小判は長元よりも希少価値が高く、綺麗な状態であれば買取相場は170万円~250万円前後も期待できる程です。
短元の元禄小判はかつて京都で造ったものという説や、江戸に呼ばれた京の小判師の製作によるという説もあります。

元禄小判「偶然大吉」の買取相場と概要

元禄小判「偶然大吉」
買取相場
60万円~350万円

特徴:元禄小判の「偶然大吉」とは、金座人が押した験極印が「大」で、吹屋棟梁が押した験極印が「吉」だったため裏面に「大吉」の文字が見られるものを指します。偶然大吉は希少価値が高いため買取相場も高額で、状態が良ければ250万円~350万円前後の買取相場も期待できます。状態が悪くても60万円~150万円前後の買取価格も期待でき、古銭買取業者の写真査定を利用して価値を判断されることをおすすめします。

元禄小判の買取価格リスト

  • 小判の種類
    上品
    中品
    下品
  • 元禄小判(長元)
    上品
    120万円~200万円
    中品
    80万円~120万円
    下品
    30万円~80万円
  • 元禄小判(短元)
    上品
    170万円~250万円
    中品
    120万円~170万円
    下品
    50万円~120万円
  • 元禄小判(偶然大吉)
    上品
    250万円~350万円
    中品
    150万円~250万円
    下品
    60万円~150万円

元禄小判買取におけるおすすめ買取業者

元禄小判は高価買取が期待できるお宝古銭ですので、優秀な古銭買取業者に依頼をする事は非常に重要です。もし、元禄小判の買取を考えている場合は次の古銭買取業者を強くおすすめします!

  • 古銭買取福ちゃん

    福ちゃんの古銭買取データ早見表
    買取価格(古銭) 8.0 ポイント8
    買取価格(記念硬貨) 7.5 ポイント7_5
    顧客対応(サービス) 8.0 ポイント8
    対応のスピード 7.0 ポイント7
  • バイセル(旧スピード買取.JP)

    バイセルの古銭買取データ早見表
    買取価格(古銭) 7.0 ポイント7
    買取価格(記念硬貨) 7.0 ポイント7
    顧客対応(サービス) 6.0 ポイント6
    対応のスピード 8.0 ポイント8

元禄小判について歴史や詳細情報

元禄小判

元禄小判とは、1695年(元禄8年)から通用が始まった小判です。元禄小判には裏面に「元」の字が刻印されていますが、その元の字が長いもの(長元)と短いもの(短元)が存在します。買取相場は上記の買取価格リストに掲載していますので参考にしてください。

元禄小判の額面は一両で、1710年(元禄7年)まで鋳造され、以降は宝永小判に吹き替えられています。ここでは元禄小判の概要や歴史を紹介していきますので、興味のある方は是非ご覧ください。

元禄小判金が作られるまで

1957年に起こった「明暦の大火」は、江戸城、大名屋敷、市街地の大半が焼失したような大変な火事で、幕府はその再建に多額の出費を余儀なくされました。また、1664年には約3年間禁止されていた金の外国輸出が解禁されたため生糸貿易などが盛んに行われ、日本国内の金銀はどんどん海外へと流出しました。

また、日本には”佐渡金山”という大規模な金山がありましたが、産金は寛永年間(1624年~1645年)を過ぎると徐々に衰退し、加えて人口増加による経済発展もあり、通貨不足が問題になりました。

また、この時代に使われていた「慶長小判」は90余年も使用されたこともあり、磨耗・劣化の目立つものも多くなりました。長年同じ小判を使っていたため金座で働く人の給金も減り、2度も吹き替えの申し出があったとされています。(吹き替え=大判や小判などの貨幣を一度溶かして作り替えること)

そこで、長年使われた慶長小判を改鋳することになり、この時の勘定吟味役の荻原重秀は、貨幣の金銀含有量を下げ、通貨量を増やすことを決定します。この時に鋳造されたのが、「元禄小判」です。

元禄小判の品位は金が56.41%に対して銀が43.19%と、素材の半分近くを銀が占めています。以前に使われていた慶長小判の品位は金86.28%、銀13.20%でしたので、金の量が大幅に下がっていることが分かります。少ない金量でたくさんの通貨を作ることが出来、かつ幕府には吹替えによる出目(改鋳利益)が出るので、まさに幕府にとっては非常に有益な吹き替えでした。

元禄小判金の問題点

ただ、元禄小判は以前に使われていた慶長小判に比べて金品位が大変低かったため、切り替えがなかなか進みませんでした。何しろ金の量に換算すると慶長小判2枚から元禄小判が3枚作れる計算になりますから、当然の動きといえるでしょう。

金品位は一般市民には知らされなかったのですが、元禄小判は銀が多いため見た目が白っぽくいかにも”品位が低下した”と分かるものだったので、市民はあまり交換に応じず、良質な慶長小判を退蔵する人が増えました。

元禄小判は見た目こそ他の小判と遜色のない美しい金色になっていますが、実は色揚げ(表面の銀を溶かし、表面だけ金が多いように見せかけること)という処理が行なわれています。このため、色揚げ処理された表面が摩耗すると、元々の金属の色が露出してしまいます。

最初幕府は「慶長小判100を元禄小判101と引き換える」としたのですが、市民はそれに応えませんでした。なかなか元禄小判の引き換えが進まないことから、最終的に幕府は「慶長小判100を元禄小判120と引き換える」と改めようやく両替が進みましたが、それでも幕府には改鋳による利益(出目)が520万両に及んだと言われています。

ですが「小判の金の量が減る=小判の価値が下がってしまう」というのが大きな問題として残りました。一応は慶長小判も元禄小判も同じ額面(一両)ではありますが、当時の貨幣の信用力は現在と比べると著しく低かったので、金(gold)の価値のほうに重きを置く商人が多かったのです。

そのため江戸の商人は物価をどんどん上げていき、当初は大きな混乱はなかったものの、やがて深刻なインフレが起こるきっかけになりました。

そのころの人々からは品質の低さから人気の無かった元禄小判ですが、その質の悪さのために破損したり改鋳された数が多く、現存量は少なくなっています。このため現在の骨董品としての価値は高いものになっています。

元禄小判の正確な買取価格を簡単に知る方法

メール査定がおすすめ

このページで説明したのは、あくまでも「元禄小判の目安の価値と買取相場」ですので、元禄小判の買取価格を正確かつ簡単に知る方法をご紹介します。

それは、古銭買取業者にメール査定を依頼する事です。

元禄小判含めた古銭類は写真があればかなり正確な査定が可能ですので、買取業者の問い合わせフォームから写真を添付して送る事で、簡単に買取価値が明らかになります。

そして、元禄小判は状態によっても買取相場が大きく変動しますので、画像を見て査定してもらえるメール査定は状態も考慮した上で元禄小判の正確な買取相場を知る為の最善の方法なのです!

古銭をメール査定してもらう方法やおすすめの古銭買取業者は、こちらを参考にしてください

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