古銭買い取り業者徹底比較!

穴銭の1種「仙台通宝」の買取相場と概要とは?

仙台通宝買取におけるおすすめの買取業者を紹介します。
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仙台通宝の特徴/買取相場と詳細について

仙台通宝

江戸幕府は、藩ごとの通貨を認めていた時代があります。主に天明4年(1784年)に起こった天明の大飢饉をきっかけに、いくつかの地方ごとの貨幣(地方貨幣)が認められました。 今回ご紹介の「仙台通宝」も、地方貨幣の1つになります。

仙台通宝とは、江戸時代に仙台藩が作っていた古銭で、天明の大飢饉が起こり、藩が財政難に陥ったことをきっかけに製造されるようになりました。
これまで仙台藩では、”寛永通寳銅銭”、”鉄銭”などの古銭を作ってきた実績があったため、5年という期限付きではありましたが、無事に幕府の許可も得ることが出来、仙台通宝の鋳造に乗り出したのです。

当時の仙台通宝の扱いと歴史

仙台通宝の鋳造数は3億800万枚とも言われ、しかもこれだけの量が仙台藩の領地内に限定されて流通していたのですから、かなりの量を発行していたことが分かります。 これだけ沢山の量を鋳造したものの、材質が悪いために嫌われ、仙台藩ではインフレが起こってしまいました。
しかも、仙台通宝は地方貨幣のため仙台藩内でしか使えないこと、さらに鉄製のためさびやすく、財布や袂をほころびさせてケガをしやすかったこともあり、あまり人気は出ませんでした。

仙台通宝は、発行当初は寛永通宝と同じ1文通用だったのですが、発行されてからわずか3年で1両10貫800文が21貫文となり、価値が半分に下落しました。 幕府の許可は5年ということでしたが、評判の悪さ、そして価値の下落が著しかったことから、仙台通宝は僅か3年半ほどで鋳造停止となってしまった古銭です。

また、仙台通宝の相場が低かったため、当時日本全国で流通していた寛永通宝と混ぜて不正に利用するものも現れました。 そのため、仙台藩内だけで流通しているはずだった仙台通宝が江戸でも見られるようになったため、文化3年(1806年)に幕府はこれを取り締まる触書をだしました。

現在、仙台駄菓子の熊谷屋で、「仙臺鐵銭(せんだいてっせん)」という、仙台通宝を模した落雁も販売されています。地元の人にとってはなじみのある貨幣だったのではないでしょうか。

仙台通宝の買取相場と詳細

仙台通宝の形状は、角を丸めた正方形で、中央に正方形の穴がうがたれています。角が丸いため「撫角銭」と呼ばれることもあります。
仙台通宝は、発行当初は銅で作られていたのですが、後に鉄製へと変更されていきます。これは仙台藩で鉄が豊富に産出されたことに由来します。 仙台通宝の鋳造開始時は、幅23mm前後の大型だったのですが、次第に小型化していきました。幅23ミリを大様、22ミリを中様、20ミリを小様とよびます。

仙台通宝は、約3億800万枚もの大量発行があった古銭ですので、希少価値が薄く、買取相場もそれほど高くありません。 仙台通宝の買取相場は、一枚あたり大体数百円に留まる場合が多く、状態が良ければ1000円前後といったところで、単体ではあまり高い買取価格は期待できません。

ですが、仙台通宝の「母銭」であれば、買取価値はこの限りではありません。母銭とは、古銭を鋳造するにあたって元となっていた銭のことで、子銭(母銭から作られた銭)よりも少し大きいことが特徴です。

仙台通宝の子銭の取引価値は、大体数百円から1000円程度なのに対し、母銭は5万円前後で取引が行われることもあり、古銭買取においても高い買取価格が期待できます。 素材は、子銭が鉄銭、母銭が銅銭になっていますので、仙台通宝の買取を考える際には、子銭か母銭かを確認しておかれることをお勧め致します。

古銭の買取価値を簡単かつ正確に知る方法

メール査定がおすすめ

このページで説明したのは、あくまでも「古銭の目安の価値と買い取り相場」ですので、先に古銭の買取価格を正確に知る方法をご紹介します。

それは、古銭買取業者にメール査定を依頼する事です。
古銭は写真があればほぼ確実な査定が可能ですので、買取業者の問い合わせフォームから写真を添付して送ることで、簡単に買取価値が明らかになります。

そして、古銭は種類だけではなく、その状態によっても買取価値が大きく変動します。
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特に、価値の高い古銭をお持ちであれば、こちらのメール査定にて正確な査定をしてもらう事をおすすめします。そして、メール査定であれば買取は簡単に断れますのでご安心ください。

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